しのぶれど、恋に臆する確かな故意



「どうしよう、ガマ吉。私今なら母乳出そう」


 が口走った内容に、一瞬手が止まった。その隙をついて乱世がタオルに包まれたまま逃走。それにつられてリキッドも一緒になってはしゃぎ出す。
 一気に脱衣所がやかましくなった。

「……子どももこさえてない癖に何言ってやがる」

 なんとか絞り出せた声。もはや突っ込みは追いつかない。そう言えば、復活したアイツはネジが一、二本どこか飛ぶ事があったのを思い出す。これは下手に付き合う必要は無いだろう。オレの精神がやられるからな。
「いいから、とっととリキッドを捕まえてこい」
とタオルを投げつけ、その話題は強制終了。

 まぁ、割と本気の声音だったので何かしらの奇跡で出るかもしれない。そうなったら怖いが。つか、病院行きだ。主に頭の。


 本来はオレと似た体格であったはずの乱世を始め、忍、リキッドの三人は先の戦争で生まれ変わることとなった。三人の犠牲のもと、長い長い戦争は天帝の生まれかわりであるヒーローの手によって終止符が打たれた。ようやく、待ち望んだ平和が訪れたのだ。
 まだ数年という月日しか流れていないが、日に日に成長して大きくなる彼らに、オレは少年愛とはまた別に父性が芽生え始めている。おそらく、も母性に目覚めたとかそういう類いだと、思いたい。心の底から。

 彼らが生まれ変わってから、前世の記憶の片鱗はあるものの、全面に出ているのは年相応の思考。そのため、こうしてお世話をする必要があった。
 共に世話をしている女――はオレたちと同じ超人の戦士だ。千年前の戦争で敵と相打ちになりながらも、その身ごと魔人を封じ込め、消息を絶った。と思っていたら、先日の戦争を境に封印が解かれひょっこり戻ってきやがった。
 未だ、共に封じた魔人の行方は知れずにいる。冥界が消滅した今、何かしら報復の可能性はあったが、は確証はないが問題ないと断言した。
 ルーンメイスを持った忍と並ぶ程の結界術の使い手であり、女の身でありながら天帝を護る近衛兵隊長を務められる腕っぷしの強さと高い法力。あの時代、天帝、乱世、オレに次いでは強かった。
 昔からの勘というやつは乱世の大丈夫と同じように信じている。

 だからオレは平和になった今、魔人の生き残りについてはさして気にしていない。

「ほらほら、リキッド、おいで」
入浴を終えて、裸で駆け回る元気な三男坊に向けてはバスタオルをひらひらと広げた。目が合うとリキッドはバスタオル目がけて突進してくる。
 以前、乱世にそれをやってみたら鳩尾に弾丸ダイレクトアタックかまされて、しばらく間動けなかったのが記憶に新しい。幼子と言え、加減なしはなかなかのダメージだった。きっとデカくなっても昔と変わらない姿になるんだろう。
 はその辺、器用だった。リキッドからの突進をさらっと躱して食らう前にタオルで包み込んで抱きしめる。相変わらず見切りは上手い。
「よしよし、リキッドは元気だね。いい子いい子」
きゃらきゃらとはしゃぐリキッドを包み、丁寧に水分を拭き取り、汗疹対策のパウダーをはたき、手早く服を着せる。その間、わずか数十秒。手慣れたもんだ。
「一丁上がり。お疲れ、リキッド」
ふくふくした頬を撫で、水分補給のジュースを持たせた後、キョロキョロと周囲を見渡す。乱世は記憶があるのか、反抗期なのか定かではないがやけに反発してくる。オレは押さえるのに手一杯。
 よちよち歩きのリキッドは居る。乱世はオレの目の前に居る。となれば後一人はの自称最愛の次男坊。そういえば、二人が風呂から上がってから見ていない。
「あれ、忍は?」
「にーに?」
あっち、とリキッドが指さす先は風呂場。オレももはた、と気付く。そしてサーッと下がる血の気。
「まさか」
慌てて風呂場に駆け込む。オレはなんとか乱世を着替えさせ、同じようにジュースを与えるとリキッドも抱えて足早に脱衣所を出た。

「ギャァアアア!!!!! 忍ぅううううううう!!!!!!」

 後ろで聞こえた悲鳴にオレと乱世は示し合わせたようにまたか、と同時にため息をついた。
 アイツ、生まれ変わっても自傷癖は治ってないのな。


「うぅ~忍ぅ、無事で良かったよぅ」
べそべそと泣くは今にも忍を抱き潰しそうな勢いだ。苦しいのか紅葉のような手でぺしぺしアイツの腕を叩いている。男としてなら乳による窒息死は悪くないものだと思うが、いかんせんの場合は腕力がゴリラ並。下手するとトマトのように潰される。
「オイ、いい加減離してやれ。お前、忍を殺す気か? いくら超人でも身体は子どもだぞ」
「あぁッ! ごめん忍!!」
ようやく解放された忍は酸欠のせいか耳まで真っ赤にしていた。

 その後、目を離した隙に手首を切られて血の海になるのもまたお約束。

■■■

 千年前からが忍に好意を寄せていたのは知っている。これまでずっと戦争をしていたのだから、アイツもそれは弁えていたようで露骨に口にすることは無かった。だからなのか、平和になった途端、押さえ込んでいたものがあふれ出し、子育ての合間に良からぬ刷り込みを始めているのは。

「忍は大きくなったら私のお嫁さんね」
「およめしゃ?」
「リキッドは私のこと、ねーねって呼んでいいからね」
「ねーね?」
さすがに聞き捨てならないため、絵本の読み聞かせをしているたちに割って入った。
「オイコラ、幼子に何吹き込んでんだ。この痴女」
「挽肉にしてやろうか、ガマ野郎」
向けられた笑顔の中に潜む殺気。前髪の隙間からの覗く瞳が捕食者のようにオレを捉えた。
「……教育に悪いだろうが。つか、どこから声出したよ、その声」
お前超人というより魔人に近いぞ、という言葉は寸での所で飲み込んだ。はやると言ったらやる奴だから本気で蛙の挽肉にされてしまう。さすがにそんな最期は御免被りたい。
「違いますぅー忍との明るい未来のための約束ですぅー」
ちみっこ達の手前なのか、すぐに殺気を収めたは頬を膨らませた。見た目こそ若いが、オレたちは長命だし、だってすでに千年以上生きている。正直引くわ。これが美少年だったら様になってるんだがなぁ。

 しかし、は気付いているのだろうか。確かに彼らは生まれ変わりだ。だが、前世の記憶を全て引き継いでいて、全く同じ、という訳ではない。生まれ変わったヒーローも天帝の時代とは僅かながら異なったように。

「つーか、もし忍が違うオンナ連れてきたらどうすんだよ」
一応、ちみっこどもを寝かしつけた後、茶を煎れたに尋ねた。と同時にバキ、とアイツの手にあったコップが、文字通り粉々になる。どんだけの力込めたんだ。

「そ、そうよね……忍にも選ぶ権利はあるものね」

 おそらく、想定していなかったのだろう。壊したカップを片しながら浮かべた表情は大事にしまい込んでいたものを壊してしまったような、この世の絶望を表したような、そんな顔だった。あの戦争時でもそんな顔をしたこと無かったのに。レアなもの見たと喜ぶべきか、関わりたくないとそっ閉じするべきか迷いどころだ。そんなことを頭の隅に思いながらオレは茶を流し込む。

「私を選んでくれたら嬉しいけど、忍が心から好きになった人なら、応援して、あげたいなぁ」

 の良い所は、あくまで相手の気持ちを尊重して自分の気持ちを強制しない事だ。しかしその反面、一途もここまで拗らせると本当に扱いが面倒くさい。

 この状態はしばらく引きずるだろう。何故か嫌な予感しかしない。
 早く乱世デカくならねぇかな。オレだけじゃこのじゃじゃ馬をいなすにはちと手に余る。
 頼もしい女だが、その分、拗らせると面倒なのがどうしようもない。



 それからまた月日が流れて事件は起こった。

「って、なんで鳥人? そして男なの?!」
意外や意外。散々自分の嫁になると吹き込んで可愛がってきた忍は、下界の自他共に認める不幸の青い鳥を自分の婿として連れてきた。これにはさすがのも想定外だ。無論、オレも同じく。
「おい乱世」
「言うな。頼むから何も言うな」
久しぶりにヒーローの顔を見に行くのを見送ったと思ったらとんでもない事態になっていた。これにはオレもも処理が追いつかない。説明を乱世に求めても奴は目を反らし続けている。何気に傷つくからそれやめろ。
 ただ、忍の奇行については、大まかな原因は把握している。しかし、これは口にしてもいいものかと迷っていると。
「つーか、お前が昔から忍にーちゃんはお嫁さんになるって吹き込んだからじゃねぇーの?」
「ガッデム!!!」

 リキッドの気遣いのない言葉にはその場に沈んだ。



「忍が選んだなら、暖かく見守る、けど、幸せにしなかったら、地の果てまで追いかけて挽肉してやる」
忍の事となると物騒な事しか口にしなくなるのはいかがなものか。モンペここに極まれり。を放っておいたら多分あの鳥人は青い鳥じゃなくて赤い鳥になりかねない。
「どうどう、落ち着け。これじゃ姑だぞ。一応、お前あいつらの義母なんだから」
「義母さん、か」
宥めるオレにはぽつりとこぼす。
「じゃあ、一緒に子育てした貴方がお義父さんって事かしら?」
「気色悪いこと言うな。お前と夫婦なんざ天地がひっくり返ってもあり得ないな」
「あら奇遇ね。私もよ」
互いに舌を出し、中指を立てて悪態をつく。悪態をつく元気があるなら多少は安堵するがしばらく様子見をした方が良いだろう。


「……こんな所に居たのか」
天上界にある神聖樹の頂上は見晴らしが良く、遠くを見渡せる。そこには蹲っていた。昔からアイツが不貞腐れた時によく居る場所だ。
「ここは静かだし、誰も近寄らないから」
「そうだな」
一人分空けて隣に乱世が座り、反対側にオレも腰を落とした。ようやく乱世がオレの背に追いついてきた為かが少し小柄に見える。
「忍、幸せになってくれるかな」
「あー……どうだろうな」
「そこは嘘でもはいって言ってよ」
一拍置いて、は顔を伏せた。
「本当だったら私が忍をお嫁さんにするはずだったのに。ずっと守り続けたこの純血は忍に捧げるはずだったの。結婚して、新婚を満喫したら最初は男の子、次に女の子を産んで幸せ家族計画をするのよ。私と忍の子どもだもの、きっと可愛いし、すくすく元気に育ってくれるわ。天帝――ヒーローの正真正銘のねーねになれるし」
ワンブレスで語るいつもの発作にオレと乱世は視線を反らすしか無かった。
「うん、毎度の事ながらそれはちょっと引くわ」
「なんでよ。私のささやかな幸せじゃない」
「ささやか、ねぇ……」
顎を撫でさすり、乱世はふと口にした。多分オレと同じ事を思っているはずだ。
「なぁ、オレが言うのもなんだが、なんで忍なんだ?」
「一目惚れ」
「は?」
「マジか」
「マジよ」
は背伸びをしてそのまま後ろに倒れ込む。木の幹に背を預け、二、三瞬きをして静かに言葉を紡ぐ。
「貴方達もいい男だけど、忍はね、可愛くて格好良くて優しくて、まぁ、自殺マニアなのはこの際目を瞑るとして」
「そこはスルーすんのな」
「惚れてるのよ。忍の全てに。この命を差し出しても良いぐらい」
ここには居ない忍を想い、目を細める。腐れ縁であるが唯一そんな顔をするのは後にも先にも忍だけだ。別にオレにとってはどうでも良い事ではあるが、天上界の平穏のためにも上手く丸く収まって欲しいとは思う。思うのだが。
「重いなぁ……」
「失敬な。ちょっと標準より筋肉質なだけですよ。お義兄さん」
「お前にそう呼ばれんのってなんか薄ら寒いわ」
自らを抱きしめサブイボが立ったのかしきりに腕をさする乱世。うん。オレも同意だ。
「あら、なんならお義母さんって呼んでもいいのよ? おむつもガマ吉と一緒に替えたんだから」
「それこそ、本当にやめてくれ。お前とガマ吉に育てられたっていうのが、こう、なんとも言えない気持ちになるから、本当、頼むわ」
両手を挙げて降参する乱世にようやくは笑った。多少気は紛れたのだろう。やはり、頼るべきは親友だな。

「まぁ、忍が良いなら良いんだけどね。確かに顔も家柄も悪くないみたいだし。でもあの鳥人、この先別の誰かと縁を繋ぐみたいだから早い内に手を打っとく必要はあるかも」

 そう言えば、久々に会ったあの鳥人に対して何かしらの縁が視えたと思ったのは気のせいでは無かったのか。それならば、なぜ忍はあの鳥人の嫁になったのだろう。
 霊と会話ができる特技とは別に、忍にはある程度予知のような先読みの力があったはず。も忍の能力には気付いていたに違いない。視線が合うとは苦笑した。

「あくまでそれっぽい、ってだけだけどね。その事で忍の心に傷を残すのは嫌なんだけど」
「何か対策はあるのか?」
「まだ、策はないなぁ……」
力なく笑う。煮え切らないのは致し方ない。まぁ、今はアイツが変な暴走をする事を未然に防げたのは良い収穫だったと思う。

 が、しばらく夕餉にハンバーグ、ミートボール、メンチカツなどのひき肉料理が並ぶ日々が続き、背筋が凍る思いをしたのは蛇足である。

■■■

「忍、どうしたの?」
丸めた背中に声をかけた瞬間、剃刀を持った忍の手首を掴む。昔は失敗することが多かったが、最近になってようやく彼の自傷を阻止する成功率があがり、現在は七割に到達した。
「悩み事なら義母さんに話してごらん?」
力になる、そうが微笑むと彼の腕から力が抜ける。
「うん……」
籠もったような、か細い返事。俯く忍の言葉を急かすことなく待つ。
は、オレはお嫁さんになる、って言っていたけど」
「うん、白無垢綺麗だったよ」
「本当はお婿さん、じゃないの?」
今更ながら、忍は当初の疑問をにぶつけた。しかし、彼女は間違いではないと断言する。
「忍には家庭に入ってもらいたいから、お嫁さんでいいの」
いけしゃあしゃあと言い放つ彼女に忍は一歩、距離を詰めた。忍が近づくにつれて、は同じように一歩下がる。
がオレにお嫁さんって言うのは」
「……忍?」
とん、と背中が壁に当たった。目の前の忍は、いつもの彼と違う雰囲気が漂う。本能が警鐘を鳴らし、冷や汗は流れた。思わずは息を飲む。

「オレは、と結婚できないって、遠回しに言ってたってこと?」

 囲うように、忍の両手が壁につく。まるで逃がさない、と言うように。

「……」
「沈黙は、肯定ってとるよ?」
視線を合わせるためにのぞき込み、顔を近づけると彼女はあからさまに視線を反らした。
「ね、オレはお前と結婚できない?」
「な、何言って」
「オレは知ってるよ。の気持ち」
「え、あ、忍ッ!」
顎をつかまれ上を向かせられた。視線が絡み合う。
「それとも、義母さんって呼んで欲しいの?」

「ねぇ、教えて? 


 ダン! と勢いよくテーブルに置かれたジョッキ。その衝撃で中の酒が少し飛び散った。もったいない。

「って言うのを夢見てたんだけど、なんで上手くいかないのか」
目の据わったが今日も嘆いている。先ほどのくだりは全部の妄想だ。あの忍が息をするように口説くとか、どんだけ夢を見てるんだか。
「なぁ、。拗らせるのは勝手だが、酒の肴でオレたちを巻き込むのはやめて」
乱世の抗議に合わせてオレもそうだそうだと野次を飛ばす。何度言ってもやめてくれないし、同じ話ばかりで正直食傷気味だ。特に乱世は生まれ変わって育てられたうえ、知己のラブコメとか目も当てられない気持ちだろう。合掌。
「いいじゃない。それとも、間男よろしく旦那の居ない間にっていう略奪愛のお話がご所望かしら?」
「それもどうかと思う」
まぁ良いから飲めと空いたジョッキに酒を注いだ。こういうのはとっとと酔い潰してしまうのが賢明だ。はそれほど酒に強くはない。

 オレと乱世はいつものように頷き合った。


「ようやく寝たか」
テーブルに突っ伏して小さく寝息を立てるにそっとストールを掛けてやる。時々うわごとのように忍の名前を繰り返している所を見ると、夢の中では良い思いができているのだろう。
「そう言えば乱世。あの鳥人についてはどうなったんだ?」
「ん? あぁ、もう彼の命の危険は去ったからな。忍もこちらに戻ってくる」
「そうか」

 つまり、この度の忍の電撃結婚はあの鳥人の命を救うための一芝居だった訳だ。成長につれて、ヒーローの潜在的な力が目覚め、予知夢により知人の不幸を知った。
 大切な仲間だからどうにかできないかと乱世達に相談したところ、何がどうなったのか定かではないが、あの茶番になり、オレたちはから散々情緒不安定な対応を強いられる結果になったのである。不可抗力だとしても、解せぬ話だ。
 種明かしをして、忍が戻ってくれば、もしばらくは大人しくなるだろう。これでようやく、本当の意味で平穏がやってくるのだ。

「ただ、本当にあんな方法でしか無かったのかよ」
「まぁ、忍が言うには一度結婚をさせてやらないと駄目らしい」
「フリならフリで別の奴をあてがえば良かったんじゃないのか?」
視線をに向けると乱世は苦笑して首を振る。どうやらそれは駄目らしい。

 なるほどな、そういうことか。

「ったく。忍は一体何をやってるんだか」
「呼んだ?」
「うわぁッツ!!!!」

 酒の匂いに混じって生臭さが室内に充満した。良い気分で酔っていたのに突然のスプラッタがオレたちを襲う。
 窓を開けて、換気しつつ、飛び散った血を拭いた。もう手慣れてしまったのがなんだか悲しい。
「だから、いきなり手首を切るな! 掃除が大変だから!!」
ようやく血糊を拭き取りきった雑巾をバケツに突っ込み、正座する忍に乱世は叱りつけた。生まれ変わる前と変わらない風景になんとなくしんみり、はしたくないな。
「す、すまない兄者」
詫びる忍を尻目にに近づく。こいつは酒が入って一度寝入るとしばらく起きない。これだけ隣で騒いでいてもピクリとも動かずぐーすか寝息を立ててやがるのは安心しきっているのか、鈍感なのか。おそらく後者だろう。
 なんだか腹立たしくなったので鼻でもつまんでやろうかと思ったが、忍がいる手前余計な事はやめといた。やったらやったで後が面倒くさいのだ。
 くしゅん、と小さなくしゃみが一つ。窓を開けたから室内が冷えたのだろう。
「ちょうど良い、忍。を寝室に連れてけ」
「また深酒したの?」
「どっかの誰かさんのおかげでな」
「ふぅん」
目を細めて忍はの頬を撫でる。
「……忍」
「なんだ、ガマ吉」
「お前、いい加減をからかうのやめとけ。あの鳥人巻き込まれ損だぞ」
「さぁ?」
心当たりがない、素知らぬというように忍は薄ら笑いをオレたちに向けて、寝入るを横抱きにした。そのままおやすみと言って背を向ける。

 お持ち帰りされたを見送り、もう一度乱世と飲み直すため、互いにジョッキに注いだ。
「我が弟ながら、食えない男になったもんだ」
「ちがいねぇ」

 なぁ、。お前の恋は思いの外、成就しているようだぞ。








 兄とガマ吉の笑い声を遠くに聞きながら、すやすやと眠る彼女に視線を落とす。あどけない顔で、自分にもたれるように眠っている。時折、甘えるようにすり寄ってくるのはまるで猫のようだ。彼女の可愛い仕草を知るのは自分だけだと思いたい。

 乱世とガマ吉は自分にとっても大切なひとたちだけど、二人がと接する時、多少ながら思うことはあった。二人と彼女、自分と彼女とは異なる、気安い関係。生まれ変わる前も、千年前の戦争が始まる前も彼らは変わらなかった。自分も信頼はされているけれど、特別な雰囲気があの三人にはあったのだ。
 もちろん、彼女の自分への好意は知っている。応えたいとは思うが、どうにも踏ん切りはつかない。

 なぜなら、生まれ変わって再開した己は幼子であった。大事に守られて慈しまれてしまった事で自分がもう、彼女とは対等の立場ではない事を思い知らされたからだ。もう一度生きて彼女と再会できて嬉しかったはずなのに。

 彼女にそんな気がないと解っていても、それがなんだか悔しくて、悲しかった。

 本当はあんな方法でなくても、鳥人を助ける術はあった。そうしなかったのは。

「いつまでもオレを子ども扱いするから、これくらいの意趣返しは許されるよね」

 まるで駄々を捏ねた子どものようだと自嘲する。
 寝入る彼女をベッドに横たえて、手のひらを取り、口づけた。

「もうちょっと、待ってて」


 どこかズレた二人が、気持ちの確かめ合いをするのはまだ先の話。


fin

いつも気になるのですけれど、スナック忍の時間軸ってどうなんでしょうね。
超人兄弟たちの見た目年齢18~20代とするなら、バードはもうナイスミドルの年代に入るのかとか、まだちみっこでも超人は変幻で大きくなるのかとか、数年で大きくなる仕様なのかとか、本編のどっか変な時間軸の所なのかとか悶々とする毎日です。
ただ、ちみっこの忍はきっと可愛い(幻覚)
あの番外編についてショックを受けつつも、私なりに妄想と幻覚の粉で消化しました。
振り回されるバード可哀想。報われるバードについては、温めてるネタがあるのでいずれどこかで。

乱世、ガマ吉、夢主は腐れ縁の悪友枠です。
ガマ吉さん、変態だけど苦労性な匂いを感じたがゆえの彼の一人称で進めてみました。
とても楽しかったです。読んでくださってありがとうございました!

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